修善寺の駅に降りると、駅前のそば屋の看板が目に入った。
そばの好きなわたしは、急に食欲をそそられた。
駅前の看板は先手のメッセージとして、客の心をとらえる有利な働きをする。
翌日の帰りがけ、わたしはその庖に寄ってとろろそばを食べることになったのである。
いち早くほめるのも印象深い一言になる。
何事においても、先手の働きかけは、ことを有利に運ぶ。
大相撲の若ノ花は、大阪場所で優勝して以来、強さをまして、小兵力士ながら大関になった。
これまでの、土俵中を飛んだりはねたりの相撲から、立ち合いに先手をとって一気に持っていく型を身につけてから断然有利になり、強くなったのである。
部下の提案にノーを言わなくてはならないときがある。
いいにくいからとそのままにしていて、部下から催促される。
そのとき初めてノ−を言うのでは、部下のやる気を失わせてしまう。
入社十年目、係長一歩手前の社員対象に、研修を頼まれたときのことである。
「説得コミュニケーション」がテ−マであった。
その上、人に働きかける説得がテ−マだというのに、彼らはシラケていた。
元気盛りで、「こんにちは」が人間関係を変える休憩時の雑談の中に、「同年代とはコミュニケーションしやすいが、上とは話が通じない」などの発言があった。
さらに、「上司は下の者の意見を取り上げてくれない」「提案しても、それっきりで答えがない」「催促すれば、あれはダメと却下される」などの声が聞かれ、若手のもっとも能力発揮が期待される層に、「要するに適当にやっていればよいということですよ」のような自明気味な態度が見られた。
係長一歩手前の社員としてはなさけないが、彼らだけを責められない。
上司の対応のまずさも手伝っているからだ。
上司のやるべきことは第一に、ノーと判断した時点で、先手をとって部下に告げることだ。
第二に、なぜノーなのか、納得のいく説明を加える。
催促され、理由の説明もせずにノーでは、上司としてのリーダーシップに欠ける。
上に立つ者は、朝の声かけひとつにしても、部下の先手を行くのがよい。
人生には、聞をとったり、時間を稼いだりすることが必要なときもある。
そうでないとき、先手を逃せば、聞が抜けて後手に回る。
そこからコミュニケーションのずれが生じる。
相手の変化に気づいた一言をコミュニケーションとは、互いに相手を認識し、理解し、尊重するプロセスであると述べた。
プロセスであるから、自分も相手も変化する。
窓口でお客と接する仕事のベテラン社員が、次のような名言をはいた。
「接遇は毎日が新しい」窓口にあらわれる相手は大半が違う人だが、職場の上司・部下・同僚となると、毎日代わり映えのしない、同じ相手である。
認識する相手を日々見慣れていると、ぼんやりとしか目に映らなくなる。
人もこの世も変化しているのだが、人間の目には日々の変化は見えないことが多い。
しかし、人も世の中も、日々動いているのが現実だ。
代わり映えのしない毎日に見えても、きょうという日は、まったく新しい初めての日である。
時は戻ってこない。
「時はチクタクと命を刻んでいる」のであり、きょうという日はいまだ経験したことのない、だれにとっても初対面の日だから、「人生は毎日が初日」なのである。
「毎日が初日」という態度で人や仕事に接すると、そのときどきに感じたり気づいたりすることがふえてくる。
感じたこと、気づいたことを、言葉で言いあらわし、「こんにちは」にプラスしてみるとよい。
アメリカ人の男性が、日本人の女性と結婚したいのだが、言った。
仕事から帰ってくると、毎晩、判で押したように、「お帰りなさい」一つだけ心配なことがあると言われるのではないか、それが気がかりだという。
逆に、日本では仕事から帰ってきた夫は、毎晩、同じように「ただいま」の一言しか言わない。
妻が美容院に行って髪形を変えてきても、部屋の中がきれいに片づいていても、玄関の脇にピンクのバラが咲いていても、相も変わらず、「ただいま」と言うだけ。
アメリカの女性も日本の女性も、こんな夫ではやがて愛想をつかすことになる。
「おはよう」「こんにちは」「ただいま」のいずれにも、身のまわりの変化に気づいた一言をつけ加えよう。
「ただいま。
玄関の脇にバラが咲いているね」「気がついたあ?」「うん、ピンクのきれいな花じゃないか」「ええ。朝見ると、もっときれいよ」わずかこれだけのやりとりでも、妻は心が弾み、夫にしても心がなごむものだ。
「おはよう」の後の一言で、部下の心をつかんでしまう上司がいる。
彼は、「おはよう」と言いながらオフィスに入ってきて、ちょっと立ち止まり、まわりを見渡してから、部下の一人に声をかける。
「昨夜遅かったのかい」「どうしてですか」「いい顔してるから」「いい顔って、どんな顔ですか」「目が半分閉じてる」どっと爆笑が起こる。
ムキになって言い返そうとする部下に、「だいぶ目が覚めてきたらしい」別の部下に話しかける。
「渋いネクタイをしてるね」「ちょっと地味じゃありませんか?」「確かにいつもより地味だが、いいセンスだよ、キミ。
奥さんが選んだの?」「いいえ。
ネクタイはいつも自分で選んでいますよ」「言うじゃないか」また笑いが起こった。
毎日が初日、初対面の気持ちで部下に接している人は、ちょっとした変化にも敏感なのだろう。
言われたほうも、自分や自分に関連した話になるから楽しい気分になれる。
毎朝、ポケットに手を入れて、うつむきながら、だれにともなく「おはよう」とオフィスに入ってくる上司がいる。
朝の早い人で、ときにオフィスにだれもいなくても、気づかずに「おはよう」と言って入ってくる。
この人の一言はコミュニケーションではなく、単に声を出しているだけである。
相手を一人ひとりの変化に気づいたりするところが欠けているからである。
認識したり、「こんにちは」を会話に発展させる「こんにちは」で始まった話は、会話に引き継がれ、活発化していく。
先日、札幌でタクシーに乗った。
乗り込むと同時に、運転手さんが、「ありがとうございます」と声をかけてきた。
快い響きだった。
横に座った後輩が、すぐに応じた。
「運転手さんは、お客さんにいつもありがとうございますって言うの?」「ええ。
だって、お客さんに乗ってもらうんですから、当り前でしょう」「そりゃそうだけど、当り前のことを言わない人は多いんですよ」「わたしら運転手仲間で決めたことだからね。
会社から言われてやってるんじゃないから、抵抗なくできるんだと思いますよ」「お客さんから喜ばれるんじゃないかなあ」「タクシー強盗にあわないですむかもしれませんね」「そうか・・・・・・」「強盗しようと思って乗ったところ、『ありがとうございます』なんて言われたら、やりにくいもんね」「普通のお客さんからも喜ばれるでしょう」「若い女性、特に夜遅くなった女性客がよく乗ってくれるね」「やはり安心するんだ」「他のタクシーをやり過ごしてウチの車に乗ってくれたりすると、嬉しくなりますね」「美人客ならなおさらね」「たいてい美人よ、札幌の女性は。
ハハハハ」タクシーの中は賑やかになった。
北海道大学の構内に案内してもらい、再び戻ってススキノで降りるまで、楽しい会話が続いた。
「こんにちは」を会話につなげていくには、いくつかの要点がある。
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